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 話の途中ふわりと虎彦が立ち上がって早矢兎に身体を近づけた。 「お茶のお替わりを淹れて参ります」 「あ、そんな…随分長居してしまったのでこれでお(いとま)いたします」  つ、と手が触れた。妖しげな顔に似合わずその手は暖かく人間の様だと早矢兎は思った。いや、彼も人間か。目をやると視線のすぐ先、桃の肌の様な産毛が見える距離に薄茶色の双眸があった。  近い。見えない引力に捕われた感じがして早矢兎は目が眩みそうになり思わず口を開いた。 「あ…あの、何か?」  血の滲んだ様な赤い唇の両端が微かに上がり、ゆっくりと動いた。 「今暫く」  それだけ言うと虎彦は漂う様に奥の部屋に消えた。老人は猫の様に目を細めた。 「寒氷は儂の好物でしてな、御礼にうちで調合した飴をお渡ししたいのです。今晩の様に夕餉が遅くなる時に召し上がってください。いやお引き留めして申し訳なかった。随分と楽しい話になってしまったものですから」  貰った飴を一つ口に入れ乍ら早矢兎は夜道を急いでいた。  手伝いの女には、軽めの夜食を食卓の上に置いて休むように伝えたし、何も急ぐ必要はなかったが、先ほどの虎彦の顔が目裏(まなうら)にちらついて気持ちが落ち着かなかった。
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