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あらすじ
やけに響いて聞こえたチャイムの音に瞼を持ち上げる。校舎の各階にある非常口へと続く屋外階段は防災訓練くらいでしか使われず、誰が置いたのかこぢんまりとした踊り場にある灰皿のせいで、専ら教師が隠れて煙草を吸うための場と化している。もっとも、冷たい外気に晒されるこの時季に人気はない。冷えた手すりを掴みながら、始業の合図で遠のく喧噪に息を吐き出す。
認めたくはないが、いつからか始まったそれは「いじめ」なのだろう。ここでサボっていたことが家に伝わっていたらと思うとたまらず、しかし教室に向かう気も起こらない。自分に向けられる視線、彼女たちの甲高い笑い声を思い出し、込み上げた吐き気に視界が揺れた。
――でも、そんな日々も終わりだ。
今日で世界は終わるから。一向に来ない解放感に目を瞑り、いっそ思い切ったことでもしてみようかと鉄管を握る手に力を込める。震えているのが寒さのせいではないことを、自分でも分かっていた。
見下ろした先の眩む景色に怖気づくのはいつものこと。ただいつもと違うのは、内ポケットで携帯電話が震えたことだった。
どうやって復讐してやろうかと、ずっと考えていた。
施錠された屋上へ続く階段には誰もやって来ない。まして今は授業中だ、そう言い聞かせて早まる鼓動を落ち着かせる。
保存メール、一件。未送信を示す液晶画面を眺めては、その手を下ろす。時折響いて聞こえる足音に息を潜めながら――腕の震えには、気付かないふりだ。
人生をめちゃくちゃにしてくれた人間の弱い部分が、手の平の中にある。今日で世界が終わるのなら、この震えも、後悔も今日限りだ。今やらなければ、と自分に言い聞かせて深呼吸をする。グリーン、ゴー。
脳裏に、昨日をともに過ごしたある家族の顔が浮かぶ。やさしい言葉をかけてくれた彼らの顔に躊躇い迷う指を、やっとのことで動かした。何が正しいのかは分からない。分からないが、たったひとつの冴えたやり方は。
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