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鳩が豆鉄砲を喰らったらこういう顔なんだろうな、と、鏡をみたくなるような表情だっただろう。 苦笑いを浮かべた小野悟は言った。 「大学の…コンクールの脚本代です。何本も書いてもらったのに、出世払いで、って言ったのは姐さんですからね。」 大学の…現役時代から演じることよりも脚本に興味があって。 卒業してからは、塾講師のアルバイトをしながらの駆け出しの脚本家というか。 脚本の仕事は不安定で軌道に乗るのはいつのことやら、コンペにせっせと書いては出して落選し、の繰り返しだった日々。 それでも後輩に頼られれば断れない。 かといって新作を書き下ろす余裕もなかったし、申し訳ないけど、落選作の焼き直しでお茶を濁したのだ。 もともとがそんなものだから、端からお金なんて貰うような代物でもないし、そんなつもりなど全くなかったのだ。 確かに、見栄を張って、出世払いでいいわよ~なんていった記憶はある。 あの頃は若かった…赤面しそうなほど恥ずかしいことをした でも、下手な鉄砲も数打ちゃ当たるだったのか石の上にも三年だったのかそれらがきっかけで仕事も少しずつ増えたといえば増えたんだけど。 「ありがとう…。」 この男の義理堅さには頭が下がる。 それに応えるとしたら… 「がんばって、いい作品を書いてあなたに出演してもらうわ。できたら主役で。」 「待って、ます。」 小野悟は、言った。お茶の間のハートを射止めた人懐っこい笑顔で。
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