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その時、ガチャリと音を立てて、玄関のドアが開いた。
一瞬にして、酒、煙草、汗と黴の入り交じった臭いが、僕の鼻の穴を通り、思わず僕は顔を歪めた。
「おい美智子、金がなくなった」
二週間ぶりに見た父親は、膝の部分が今にも破れそうな程の草臥れたジャージ姿で、生え放題の髭を揺らしながら、しゃがれた声で母親を呼んだ。
「ありません」
母親は毅然とした態度で言った。父親は、「あぁ?」と喧嘩を売るように言ったけれど、畳に放り出されていた母親の鞄を見つけると、すぐさま中を漁り始めた。
「少ねえなあ」
抵抗しようとした母親を肘で押し退けながら、鞄から財布を取り出し、中を物色していた父親は、チッと舌打ちをすると、ジャラジャラと音を立てながら小銭をポケットに入れた。
僕がその様子をじっと見ていたら、突然、父親が僕を見て、いや、封筒を見て言った。
「ほーお。お前、一丁前にお年玉貰ってんのか」
そう言うと父親は、僕から封筒を取り上げた。中を見て怪訝な顔をすると、今度はぎゅっと右手で握りしめていた五百円玉を、僕の手から抜き取ってしまった。
「ちょっと!あなた・・・!」
そのまま玄関に向かおうとしていた父親の腕に、母親は必死にしがみついた。まるで、警察犬が犯人に噛み付きそうな勢いだった。
父親は、いつもとは違う母親の気迫に押されたのか、「うるせえなぁ」と言いながらも、再び、涙を堪えていた僕の元へやって来た。
「遊びに連れていってやるよ」
父親はそう言って薄笑いを浮かべると、僕の手首を掴んだ。
父親からは、溝とアルコールのミックスジュースのような臭いがした。
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