第零章 契約

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1 この世界は残酷だ。 正義の味方なりたくて父親から魔術を学び、時計塔で世界の広さを学び、傭兵(ようへい)として世界を巡るうちに人間の欲深さを学んだ。 だが、この数年の旅でわかったことと言えば、どうやら世界はとんでもないロクでなしだと言うことだけだった。 全ての人間を救おうとしても、結果としてその枠からはみ出てしまうものがいた。 ある人には、他の者が救われるため死んでもらった。 ある人には、自らの命と幼い子供の命を測りにかけさせて死を選んでもらった。 ある人には、自身が助からないと悟らせて死んでもらった。 そしてある人には……。 この連鎖は終わらない。人が血を流すことの罪深さに本当の意味で気づかない限り、争いは続き、人類は死体の山を築き続けるだろう。 だから私は、この右手に刻まれた令呪の存在に残る全ての希望をかける。 そのための準備は整えた。 あとは最後の一手間を加えるだけ。 私は眼前に眼を向ける。 数千人は収容出来そうな広間の中心に浮かぶ青い球状のナニカ。 それが抑止力と呼ばれる存在だということを、私は知っている。 「ああ、それで構わない」 返答を求める抑止力に対し、短く一言だけそう答える。 瞬間、身体の中に抑止力の存在が叩き込まれた。 激痛とともに全身を犯すように侵食してくるそれを感じながらも、私は思わず安堵(あんど)した。 ───これで、聖杯戦争に勝てる。 今回の契約を触媒とし、守護者と呼ばれる存在を召喚することが出来れば、並みの英霊はおろか神代クラスの英霊相手でも引けを取らないだろう。 契約の過程であるためか、抑止力から様々な情報が濁流のように流れてくる。 それは自分の辿る未来だ。 そこには地獄しかなく、死しかなく、終わりがなく、救いはない。 ああ、でもだからこそ、だからこそ私が()ろう。 地獄しかない? 上等だ。 死しかない? ならば覆そう。 終わりがない? 終わらせるために戦うのだ。 救いがない? 私に救いなど必要ない。 傭兵として世界を見てきた。世界は残酷だ。だがそれ以上に、人の美しさを私は知っている。だから、『この世のすべての悪』を担ってでも私は世界を救って見せよう。 そう強く願い宣言した瞬間、抑止力の存在が揺れ、そのまま陽炎(かげろう)のように消えた。
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