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いつかの未来
いつもの通り、誰もいない生物室で、津田が珍しくスマホで生き物以外のものとにらめっこしていた。
「津田、何見てんの?」
「タイ……」
「え、鯛? 食いたいの? それとも釣り?」
「いや、魚へんのタイじゃなくて、国のタイ」
「あ、そっちか。津田のことだから、てっきり生き物かと思った」
「まあ生き物絡みであることは確かだね」
やっぱりそうだったのか。
「タイはベタのファームが沢山あるし、熱帯魚のマーケットもあるんだ」
「へー、そうなんだ」
「日本ではまだなかなかお目見えできないような種類がゴロゴロ売ってるなんて、夢のようだと思わない?」
うっとりとした表情を浮かべる津田に、ここが俺以外誰もいない場所でよかったと心から思った。
何て言うか、エロい。
本人そんなつもりないんだろうけど、綺麗な顔してるだけに、何というか……うん、細かく考えるのはやめておこう。
「海外かぁ……俺、行ったことないなあ」
「僕もですよ」
「え、何か意外。金持ちなのにないんだ」
「あの両親がわざわざ僕の分のパスポートの手続きまでして、僕を海外に連れていくと思う?」
「あーまー……うん、そうだな」
「でも、ベタのためならパスポート取っても行きたいと思うんだ、深山君と一緒に」
「えっ、俺も?」
「初めての海外旅行は一人じゃ不安なんだ。付き合ってくれると嬉しいんだけど……」
「お前どの面下げて一人じゃ不安とか言ってんの」
「この顔だけど、何か?」
ぐいっと俺に顔を近づけて、わざとらしく不安そうな顔をしてみせる津田の鼻をギュッとつまんでやる。
「いたたたた……ひどいなあ、深山君」
「軽くしかつまんでないだろ」
「でも本当に不安なんだよ、ほら」
津田が見せたスマホの画面には見たこともない文字が並んでいた。
「何じゃこりゃ」
「タイ語。全く読める自信がない。英語はある程度通じるだろうけど」
「これ、俺が一緒でも力になれなくね?」
「でも一人より二人の方が安心できる」
「まあ理由はわかるけどさ……」
「じゃあ、約束。いつか僕と一緒にタイに行こう」
「お、おう。頑張って貯金するから待ってろ」
「じゃあ……」
津田はそっと俺を抱き寄せると、唇にキスしてくる。
ボケッとしてる俺に、それこそ天使のような顔で微笑みかけた。
「今の、約束のキスね」
そういえば、タイの首都バンコクは別名天使の都っていうんだっけ、とその顔を見つめながら、俺は思い出していた。
インスタグラムでベタまわりの情報集めていてふと思いついたお話です。
いつもの読んでくださる皆様に感謝!
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