山の夜

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さてさてどうしてやろうか。喰ろうてやろうか、呪うてやろうか…… ひどく恐ろしいことを言われていると思うのに、からからと声は楽しそうに聞こえた。抜けた腰は力が入らないままで、ただ声を聞き続けるしかできなかった。 なんだ…… 声は突然ピタリと止まる。また暗い森はただの静寂になる。耳鳴りがしそうなほどに静かな時間が訪れてしまった。せめて風が吹いてくれたらよかったのに、そんな都合のいいことは決して起こらない。それどころかそうだ、迷いだしてから一度も風なんか吹いてなかった。それに鳥すら飛んでない。どこにも動物の気配さえなかった。 ここはいったい何なのだろう。 やっと自分は見知らぬ場所に来てしまったのだと思いついた。そう言えばさっき見た湖も、生まれてから今まで一度も見たことはないものだった。近くにあるのなら小さな頃に遊びに行っているはずなのだ。申し訳程度の月の明かりも、それを弱く反射する湖も、何の音もしない森も、自分の知っている山にはなかった。耳鳴りがうるさくて、頭が痛くなってきたような気さえする。自分の息すらうるさく聞こえてきて、苦しくて仕方がなかった。 誰なんだよ。 絞りだせた声は、張り付いた喉を無理やりこじ開けて出てきた小さなものだった。 聞こえておるな。 声は楽しそうに聞こえた。それだけで耳鳴りがやんだ気がした。 ここどこなんだよ。もう何時間も歩いてんのにどうなってんだよ。夜が…… そこまで言ってふと気づく。自分は迷いだしてからいったい何時間歩いたのだろう、ここにどれくらい座っていたのだろう、どうしてこんなにも夜が…… 終わらんのだろう。 声に思わず顔を上げる。 そうなのだ、山に入った時点で日が暮れていた。ちょっとだけ入って頭を冷やして出てこようと思っていたからだ。迷いだしてからはもう時間の感覚もなかった。足のだるさも、腰の痛さも、流れた汗も、消えてしまったいらだちも、生まれてしまった不安も、時間を忘れさせるのに十分だった。
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