山の夜

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なんだ、帰らんのか。 は?帰るし。 声に思わず笑いそうになる。 ならば、早う置いて行け。なれはどうも危うい。 言われている意味はわかっていた。置いて行くものがなんなのかかわかってしまうと、気が緩んでしまったのだと。 揺るぐな、迷うな、足を進めろ。なれの家はもう近い。なれはどこへも帰れる。 もうわかっている。置いて行けばそれは容易い。だから、立ち上がることも簡単だった。ただ暗いだけの森も、申し訳程度の月の灯りも、それを揺らす湖の水面も、なんでもないよくある光景に見えた。けれどどうしてか足は動かない。その理由も知っている。この森で自分が覚えた不安を大きくして、けれどどこかへ飛ばしてくれたこの声のせいだ。 帰れなくなるぞ。 いや、帰るし。 森の暗闇に手を伸ばす。風さえ吹かない静かな森は、夜になってから何も変わらずにあり続けていた。 野暮な奴だ。 声は笑う。この声が言ったのだ、足は無い、と。それならば、 もうわかっておるのだろう。あれは動けん、あれはここにしかおれん。騒がしい時間を時に楽しむのみのものだ。なれとは違う。 わかっている。だからこそだ。
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