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お前にもあるんだろ。帰りたく無い自分が俺にあったように、ここを離れたい自分がそこに。
声は反応しなかった。
俺がそれをもらってやる。
少し静かな時間があって、不意にくつくつと声は笑う。
あぁ、愉快だ。愉快で無い腹が痛くなりそうだ。あぁ、面白い。
声はそう言った後笑うのをやめた。
悪いが無い。そんなものを持ったことがない。早う行け。
馬鹿にされたような気分だった。さっきの言葉を聞いた自分には確かにそう感じれたと言うのに、その声が否定したのだ。胸に広がる悔しさが足を動かすのは簡単だった。
元の方へ行け。
それは声の方へ歩くと言うこと。
真っ直ぐな、真っ直ぐな、違えるな、なれの山はすぐそこだ。
暗闇の中はよく見えない。けれど自分が声の横を通っていることはわかった。やっぱり人なんていない。ただ木々が茂るだけだった。
おいよそ見をすると……
ガクンと体が前のめる。思わず掴んだそばの木の枝を折った感覚は覚えている。あとはただ暗闇で、何もなかった。
あぁ、愉快だ。さすがに痛かったぞ。
ただ、笑う声は遠のいて行くのがわかった。
しこたま打って痛むおでこをさすりながら顔を上げると、見知った山道に寝転んでいた。夜は夜でも森のざわめきが聞こえた。帰ってきたのだと、それだけでわかった。立ち上がろうと地面についた左手に何かが握られている。枯れた花芽をひとつ、握りつぶしていた。
あるんじゃねぇか。
声はもう、聞こえなかった。
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