72人が本棚に入れています
本棚に追加
さっさと帰ろうとする背中を見つけ、追いかけて一緒に教室から出る。
HRが終わったばかりの廊下には、部活に向かう生徒や他のクラスの友人に会いに行く生徒などがまばらに歩いている。人の間を器用に縫って、あっという間に下駄箱に向かう姿を必死で追いかけた。
あっという間に校門を出てしまいそうなあいつに置いていかれまいとして足を早めたが、隣を歩かれるのは嫌なのか、スタスタと進んでいくその背中に声をかけても振り向く気配はない。
「おい、待ってくれ」
「………」
「なぁ。……お前、片岡のことが好きなのか?」
だから思わず、言ってしまった。周りに知り合いがいたらどうしようと、言ってから気付いた。
「……なんで?」
それまでは何も意に介さずにいたあいつが、その言葉にピタリと立ち止まり、ゆっくり振り向いてそう言った。
何を根拠にそんなことを言うのか、と聞かれているような気がした。
「…本郷、いつも片岡のこと見てるだろ」
「…ふーん。…で?」
「で…?」
「なんで見てたら好きなんだよ?」
感情の読めない顔で淡々と告げられる。焦りも憤りも感じられなかった。
あいつの核心に触れたと思ったのに、当の本人は大して気にしていないようにさえ思えて、俺の言葉では感情を揺さぶることもできないのかと、少し苛ついた。
「そりゃ、あんな顔で毎日見つめ続けてたら、好きなんだと思うだろ」
「…へぇ。お前、俺のこと毎日見てんのか」
そこで、初めてあいつの顔に感情が乗った。にやりと、口角を上げて目を細めて笑う。
苛立ちをぶつけた言葉への返事は、予想もしなかった角度から返された。挑発されているのだ、と瞬間的に理解した。
「あぁ、見てる」
真っ直ぐ視線を合わせて告げる。あいつのほうが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まった。
そんな挑発には乗ってやらない。こんな安い挑発で俺を煽る気だったのなら、お前は俺のことを知らなすぎだ。
街路樹を揺らす風に、さらさらと揺れる細い髪が綺麗だと思った。
あいつが誰かを見ていることに気づいたとき、自分も同じようにあいつを見ていることに気づいてしまった。いつもあいつを見ていたから、あいつが他の誰かを見ていることに気づいたのだ。
「チッ。…くそ、つまんねぇやつだな」
興味が失せたと言わんばかりに、吐き捨てるように言って、くるりと踵を返してまた歩き出そうとする。走って隣に並ぶと、隣を歩くんじゃねぇ、とまた舌打ちされた。
最初のコメントを投稿しよう!