Ⅰ. もう一つの物語 パラグラフⅠ:22年前、襲撃

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「何らかの原因で心肺停止に陥り脳に損傷をあたえたなら、わずかでもスキャンデータに痕跡が表れるはずです。救急用のスキャナーとはいえ精度は十二分ですから、何も見つからないということは、脳は正常に機能しているという証左になります」 「ということは、彼の昏睡状態は、既知とは異なる要因によって引き起こされたと仮定できます。僕の趣味全開で推測するに、これは何か……そう超常的な力によるものではないかと――」 「馬鹿、やめとけって」  同僚の救命士が慌てて制止するも、彼の耳には届かない。話ぶりは立て板に水だ。  染谷は唖然とした。今しがた好印象を再認したばかりの相手――仕事熱心で仲間からの信頼も厚く、何より染谷自身がその働きぶりを間近で観察し評価していた相手が、あろうことか、科学的判断の真逆を行くオカルトマニアだったとは――。  ハァとため息をついた染谷は、ほかの2人の救命士に視線を移す。2人とも申し訳なさそうに小さく笑った。  人がどんな趣味趣向を持とうが他人がとやかく言うことではない、ないっ、ないがっっ!   ちょっとガッカリだわ。裏切られた気分だわ。俺の純な気持ちを返せ! そして少しは空気を読めバカヤロー!  染谷の心中を察したのか、救命士は口の端をクッとあげるとこう言った。 「そんな顔しないでくださいよ。何の根拠もなしにこんなこと言ってるわけじゃないんです。それに、科学じゃ説明できない怪現象なんて、世界中いくらでもあるじゃないですか!?」
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