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「悪かったな、すっかり待たせちまった。さ、行こうぜ」
染谷が伸ばした手をなぜか取ろうとしないザック。
「どうした? 気分でも悪くなったか?」
ううんと首を振るザック。押し黙ってうなだれている彼の前にしゃがみ込み、見目は好いが子どもらしくない翳りを刷いた顔を覗き込む。
「安心しろ。何があったにせよ、俺ぁおまえに答えを求めるつもりはねぇ。知ってるか!? 俺たちには“お蔵入り”って便利な言葉があってだな。“迷宮入り”とは違うぞ。迷宮入りってのは当事者の意志と無関係だが、“お蔵入り”は俺らが自らの意志でそうするんだ」
そうなのだ。ザックに関わることは、今後すべて機密処理される。
今夜ここに梶井はいなかった。ザックもいなかった。誰も来なかった。何も起きなかった。
そう記録されたのち最高機密レベルで封印される。裏を返せばそれは、何かがあったという揺るぎない証拠でもあるが。
*
ゆっくりと吐き出した煙は、冷えた外気に誘われて少しも迷うことなく染谷のもとから離れていく。
車のボディに体を預け一服していると、足下から冷気が立ちのぼってくる。
暗く澄み切った夜空にちりばめられた星々を、染谷はあたかも、台本にそう書いてあるがごとくあおぎ見、短くなった煙草を最後にひと吸いして、携帯灰皿に押し付けた。
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