72人が本棚に入れています
本棚に追加
/965ページ
ドッグ。
本名は知らない。
本人も知らないのだという。まだ再開発中だった20数年前、使われなくなった運河沿いの、ホームレスがたくさん居住している一郭に、生後間もない状態で捨てられていたそうだ。
彼らは代わる代わるドッグの世話を焼いた。中でも一番熱心だった男性が彼につけた名が〝ドッグ〟。
住む家もなく、ボランティアによる炊き出しや救援物資を頼みの綱にしている彼らに、赤ん坊の世話などできるはずがないと思うかもしれない。
だが、各人が協力してドッグの面倒を見たらしい。
児童相談所がどこからともなく噂を聞きつけ、ドッグを引き取りにくるまでそれは続いた。
後日、そんな名前にした理由を、彼は仲間内にこんなふうに語ったという。
〈俺らの生活に欠かせないもんつったら、まずはラジオだろう? 情報収集は大事だからな。
食いもんは何とかなっても、冬の寒い夜にゃ孤独に苛まれて死にたくなる。
そいつを癒してくれるのが犬ってわけさ。まぁ、俺が拾ったのは人間の赤ん坊だったけどな〉
最初のコメントを投稿しよう!