2. もう一つの物語 パラグラフⅡ:15年前、染谷と佐伯龍之介

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2. もう一つの物語 パラグラフⅡ:15年前、染谷と佐伯龍之介

 両脇を鬱蒼とした樹林に囲まれたゆるいカーブが続く山間道路を、一台の黒いスポーツセダンが走り降りる。  対向車・後続車はなく、もちろん歩行者もいない。  帰りは自分が運転するといってゆずらない同行者によって助手席に追いやられ、押し黙ったままぼんやりと過ぎる風景を眺めている染谷は、深緑特有の湿りをはらんだ空気が、ほのかに潮の香のする乾いたものに変わるのを、ウィンドーから入ってくる微風から感じ取る。  まもなく眺望が開け、それまでの風景が一変する。山間から沿岸へ、暗いトンネルをぬけ出た直後のような目映さに、目をしばたたく。  眼下に見える、白い箱を順列正しく並べただけのような無機質・無個性な家々の屋根には、一様に太陽光発電パネルが敷きつめられ、さらに沿道の右側は、整備の行き届いた小高い丘になっていて、風力発電用の風車が何十基も生えつらなっている。  6月にしてはかなり暑い午後。  海はいまいましいほどに輝き、ビジネスエコシステムと称して変生させられたこの辺り一帯を、“ポータブル・リゾート”と揶揄したニュース解説者がいたのを今頃になって思い出して、染谷は声をたてずに笑った。
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