74人が本棚に入れています
本棚に追加
/958ページ
3. もう一つの物語 パラグラフⅢ:14年と5ヶ月前:“her”
東京都終身刑務施設女子特別監房 運動場入退出口。
スキャン開始と同時にゲートが閉まった。
「測定値エラー。2周分足りません。戻ってください」
「測定値エラー。2周分足りません。戻ってください」
機械然とした声が即座にそう告げてくる。“機械による拒絶”が苦手な彼女は、
「――っ、忌々しい! 何よ、鉄の塊の分際で!」と、小さく悪罵した。
「ムダよ。毒づいてもゲートは開かないわ。さっさと残り2周消化しなさい。
いい子にしてれば、ご褒美にあずかれるかもしれないわよ」
「よく言うわ。いつもおあずけじゃないの」
「アンタは所内でも破格の待遇なのよ。これ以上何を望むっていうの?」
「……自由?」
やれやれとばかりに両腕を拡げ、「走り終わったら遊んであげるわ」と告げると、それっきり音声は途絶えた。
はるか頭上を覆うグリーンルーフが、にわかに強くなり始めた陽光をいい具合に遮ってくれる。
微風が露出した肌に心地いい。わずかだが潮の香りが――するような気がする。
海が近いのかそれとも、嗅細胞と脳が結託し、彼女の妄想(想像)を拡張しているのか?
最初のコメントを投稿しよう!