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道化師と呼ばれたその人物が唐突に現れたのはひと月ほど前のことだった。
男か女かもわからないその人物は、自分が行っている悪事の証拠を掴んでいた。
間違いなく脅迫を受けるだろうと思っていた自分に道化師が持ち掛けたのは、さらなる悪事への誘いだったのだ。
(横領……脅迫……詐欺……自分がのし上がるためならどんな汚い手でも使ってきた。それが公になれば、もはや人生は終了したも同然だ)
津坂は自らの半生を思い返す。
自らの欲望を満たすため、地位を得るため、一度しか無い人生を満足のいくものにするためには、他人に情けをかけている暇などない。
そう思って生きてきた甲斐あって、今はそれなりに楽しい人生を送っている。
道化師にすべてをばらされればそれでおしまい。
どのみち知られた時点で詰んでいるのだから、今さらどこかへ逃げようなどとは思わない。
残された時間を存分に楽しむ。
それが彼の選択であった。
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