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(1)
夏休みが明け、映画研のすべての自主映画の追撮も終わると、桜はもうサークルには顔を出さなくなった。
もともと班でも俳優部としての役割だったので、ポストプロダクションにおいては特に入用ではなかったが、まったく部室に現れない桜のことは部員たちも薄々気付いていた。
最近では、秋彦が早季と付き合っている、というのが、部内でも公認となりつつあった。秋彦も、あえてそんな噂話を否定するようなことはしなくなっていた。
秋彦と早季の話が、桜の耳にも届くようになってきていた。
それが桜の足が遠のいた原因なのだと、サークル内では定説となっていた。
噂によれば、早季が秋彦と付き合いだしたのは、昨年の秋――大学の学園祭が終わったあたりからのことらしい。
その時期といえば、ちょうど桜が受験勉強が忙しくなり秋彦と会えなくなりはじめた頃だ。
早季のことは嫌いではない。
彼女の物怖じしない気さくな雰囲気を、桜はむしろ気に入っていた。先輩後輩という関係だけでなく、人として彼女の性格を憎めなかった。
秋彦のことがなければ、わだかまりなく友人となれただろう。
けれど、今はもう――
少なくとも。
桜は早季と会うのが辛かった。
早季の顔をみれば、嫌でも秋彦のことを思い出す。
秋彦とは、いつの間にか疎遠になっていっていた。
それと重なり周囲の噂による決定的事実が顕になり、桜との関係は冷えていった。
秋彦と一緒に過ごすため同じ大学に進み、同じ映画サークルに入ったにも拘らず、時間は桜の望む軸へと進んではくれなかった。
秋風が肌に沁み入る頃、桜は秋彦との関係が完全に終わったことを悟った。
0《ゼロ》号試写の誘いも断り、学園祭の時期となっても、桜は自分の出演したサークルの映画をその目で観ようとはしなかった。
学園祭の喧騒は最終日を迎え、陽が傾くにつれ構内に静寂の波頭を寄せながら、まだ明りの灯る屋台では売れ残った焼きソバやお好み焼きの投げ売りが始まっていた。
祭りの終焉を背景に、以前は秋彦とふたりでひとときを過ごしたキャンパスのカフェテリアで、桜は学園祭の片付けに精を出す学生たちを傍目に、着信のないスマホを弄り続けていた。
――あたし、なんのために、
この大学に入ったんだろうなぁ……
季節は桜の想いを置き去りにして過ぎ去っていく。
窓にカサカサと触れては散りゆく枯葉を眺めながら、桜はふと春の出来事を回想していた。
日本海を背にした、おおきな観覧車。
秋彦が連れていってくれた海を臨む公園。
ふたりで見た蜃気楼。
あの水平線に消えた幻が、最後の想い出となった。
* * *
桜が正式に退部届を出し、大学の映研サークルを去ったのは、学園祭が終わってほどなくのことだった。
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