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(2)
カレンダーが師走を迎えると、北国の雪の降る日が次第に増え、街の風景がクリスマス色に一変した。
商店街や繁華街の装飾を追いかけて、冬将軍も桜の住む地方都市に腰を下ろし居座る時期になった。
休日の午後。桜が自分用のミルクティーを淹れダイニングでまどろんでいると、父・泰秀が甘い匂いに誘われて
「おっ、いいものを飲んでるな」
と言いながらダイニングに入ってきた。
そういえば絵笑子の姿を見かけないな、と思った桜が
「絵笑子さんは?」
と訊ねる。父は
「ああ、なんか学生時代の友達と会う、とか言って出かけてったよ」
と返した。
「ふーん」
桜が相槌を打ち、
「お父さんも飲む?」
そう父に勧めると、泰秀は「ああ」と頷きながら自分の席に着いた。桜も笑顔で応えポットを温めはじめた。
ホットミルクの中に落とした茶葉が開き踊り出すのを見計らい、桜はポットからマグカップに注ぐと、
「はい」
と父に差し出した。
それを泰秀が両手で受け留め、ひと口啜ると、
「あー、美味いなぁ」
と感嘆の声を漏らした。
「あったまるでしょ」
桜がやや自慢気に返す。
続けて二、三口啜ってから泰秀がマグをコトリとテーブルに置くと、
「だいぶ、お母さんのミルクティーに近づいてきたな。もういい勝負かもなあ」
と、しみじみと呟いた。
言われた桜がはにかみながら
「まだまだだよ……」
と言葉を返す。
互いに言葉にはしないが、父娘はもうすぐ12月25日という日を思い描いた。
「また、クリスマスがくるね……」
娘の漏らした呟きに父ガ応じる。
「うん……」
父と娘は、ミルクティーの湯気に包まれながら、いまここにいない一人の存在を感じていた。
この家族にとって、その日はクリスマスという祝祭の日ではない。
3年前から、哀しみを思い出す日となってしまった。
「そうか……三周忌か……」
カップの中の白を見詰めながら、しみじみと泰秀が呟く。
一昨年の一周忌のときは絵笑子も加えた家族でささやかなセレモニーを行ったが、去年は桜の受験のため何もせずにこの日を了えてしまった。
せいぜい、桜が自室でひっそりと蝋燭を1本灯し、母を偲んだだけだった。
今年は、もう少し家族で亡き母を偲びたい。
ぼんやりとマグカップに視線を落とす泰秀を見て、おそらく、父も同じも思いだろうと桜は感じた。
カップの中が1/3程に減った頃、思い出したように泰秀が
「そういえば、桜――今月いっぱいで、あの名画座閉めちゃうらしいよ」
と桜に話しかけた。
桜が驚いて聞き返す。
「え!?」
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