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(3)
マグカップを置き桜が問い直した。
「う そ……」
泰秀が桜の狼狽を受け留める。
「ニュースでやってて、びっくりしたよ。お父さんも学生時代からよく通ってたしなあ」
マグカップを口に運び、感慨に耽るように泰秀が続けて呟いた。
「まあ、ああいった街なかの名画座は、厳しくなっちゃってたんだろうなあ」
以前に父が話していたが、かつてはこの街にも至るところに大手系列の映画館や名画座がひしめき合っていたという。TVの普及と呼応するように次第に劇場の数も減っていき、更にはシネマコンプレックスの登場で、独立系の映画館はほぼ駆逐され尽くしてしまった。名画座もレンタルビデオの登場とともに数を減らし、今ではこの劇場が市内では唯一の名画専門映画館になってしまっていた。それさえも配給会社からなかなか人気作を貸し出してもらえず苦労している様子だ、というのはプログラムの組み方から伺い知れた。
加えて追い打ちをかけるように、近頃は昔の名画もデジタルリマスターなどが盛んに行われ、シネコンでも定期的にプログラムされるようになっている。
名画座の意義そのものが、今の時代では見失われ始めている。
桜にとっても、初めて秋彦に連れて行かれて以降、雰囲気が気に入りよく通った劇場だった。
何より、以前住んでいた土地にあった、小ぢんまりとした名画座と
佇まいがよく似ていた。
――あの映画館が……
その名画座が、年内いっぱいで閉館する。
父から聞いたその話が、桜の心にじわじわと沁み込んでいく。
それとともに言いようのない寂しさが胸に穴を穿ち、徐々に大きくなっていくようだった。
* * *
父の言っていたことを確認したくて、桜はスマホを弄り劇場のウェブサイト開いてみた。
『54年間ありがとう さよなら特集』――。
トップページを開いた瞬間、表示されたのはこんな文字だった。
オープンが54年前ということは、昭和の時代だ。
記述されていたこの館の歴史をざっと斜め読みしてみる。
もともとは別の場所にロードショー館として戦後に開館したが、十数年後に火事で焼失。その後現在の地で再オープンしたらしい。高度成長期とともに劇場も時代を歩んてきたが、映画産業の衰退に伴い客足も減少、その後二本立名画座としての活路を探り現在まで興業を続けてきた、ということが綴られていた。
父・泰秀も通い始めた高校生の頃は既に名画座としての営業となっていた。
閉館特集で「54年」と謳っているのは、現在の建物になってからの歳月を表している。
ニュース記事などを拾い読みすると、閉館後は建物は解体され、その後は映画館以外のものがオープンするらしい――
映画というもの・映画館としう存在が、世の中から姿を消してゆくのを目の当たりにしているように桜は感じ、寂寥感に囚われた。
閉館特集のラインナップをサイトの上映スケジュールで確認すると、ある二本立プログラムに目が留まり、桜は思い立った。
――この日、観に行こう――
12月26日のプログラム。
上映作品、
ビクトル・エリセ監督作品――
『エル・スール』と、
『ミツバチのささやき』。
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