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上映が終了し館内の照明が徐々に明るくなると、幸生は出口が混むのを待たずにいそいそと人混みをかき分けロビーへと戻った。
ロビーフロアの真ん中に自分を置くとぐるりと見廻す。
売店。コンセッション。チケットカウンター。そこに居る人々の顔を隈なく眺めてみたが、想い描く姿は見られなかった。
「いるわけないよなぁ……もう……」
探索を諦めた幸生は、観賞中は切っておいたスマホを取り出し、電源を入れながらエントランスの外正面のバス停へと急いだ。到着していた目的地行きのバスに乗車すると、幸生の背中でちょうど扉が閉まり、ガクンという振動とともにバスは動き出した。
バスが幸生を載せて広場中央に設置されたクリスマス・ツリーを舐めるように回り込んで通過する。
空いていた席に座り外の景色を眺める。
窓で切り取られた風景が幸生の懐かしさを醸し出していった。
握ったままのスマホを胸ポケットに仕舞おうとして、画面が点いたままなのに気付いた幸生は、スケジュールのアプリを呼び出すと本日のこれからの予定を確認した。
いま観たばかりの映画の感情を反芻するのはひとまず棚上げにして、出向き先の社名や支店が時刻表のように列記されているのを改めて頭にインプットする。
それが済むと、手持ち無沙汰にかまけるようにウェブブラウザを開いた。
ブラウザ上には今しがた行ったばかりの劇場サイトのキャッシュが残ったまま再読込がされていた。
劇場のトップページに戻ってみる。
横にあるカラムに、特集ページのアイコンが並ぶ。
新作の告知。近日上映作品の試写会プレゼント。会員ページへの誘導。
近頃の傾向で、提携のネット配信サイトへ飛ぶバナーも並んでいる。
その中にある『朝イチ映画―エバーグリーンへの誘い』という文句が踊るアイコンが幸生の目を惹いた。
幸生の人差し指がアイコンを二度叩く。
短い紹介ムービーが流れ、特集サイトが開いた。
昔の名画たちをデジタル・リマスターしてリバイバル上映をする、このシネコンチェーンの企画のページだった。1年を通じて週替りで名作を朝の一回めに上映するというイベントで、この数年間続いている。系列劇場の中で全国各地の選定されたスクリーンで、同一のプログラムで上映されていた。
もちろん、この企画そのものは幸生も既知だったが、たまにチェックするくらいで、さほど注視はしていなかった。
同じ映画を、同じ時間で上映――
それは、かつて桜と幸生が発見し、離れた場所で“デート”を重ねた方法だった。
上映作の一覧表。そのトップには『次回上映』の作品の紹介と、映画の一場面を切り取った画像があった。
メイン・ビジュアル。カトリーヌ・ドヌーヴの面影。
高校時代、桜といっしょに映画館へ通った路を幸生の乗るバスが車体を軋ませ抜けていく。
タイヤから伝わるアスファルトの凹凸に揺られながら、幸生はスマホの画面が暗転するまでそのウェブページを見詰め続けていた。
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