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高速バスに揺られながら、幸生は手持ち用のDパックを弄り、底のほうからキーホルダーを引っ張りだした。
GWの直前、菜津から手渡されたものだった。フェルトでできた小さなシネコンのマスコット。菜津の言葉が頭に浮かぶ。
「これを、あたしだと思って、連休中は持っててくださいね」
持ってくることは迷ったが、躊躇いつつもバッグの底に忍ばせることにした。
暫く眺めてから、幸生はふたたびバッグの奥にマスコットを押し込んだ。
桜の住む街のターミナル駅にバスが到着すると、幸生はスマホを開きLINEで桜にメッセージを入れた。
* * *
この日、朝から桜はソワソワと落ち着かなかった。
幸生と顔を合わせるのは、ほぼ4か月ぶりだ。待ち焦がれた再会だった。
けれど、このシチュエーションを思い描いていたとき期待していた、ウキウキとした感情は湧いてはこなかった。
“これから幸生と会う”という事実を認識するたび、心にひと欠片の棘がチクリと触れる。
心の痛みの原因は、自分に在る――
桜は自覚していた。
そんな考えを巡らせるうち、机の上のスマホが着信を報せた。
幸生からのDMのジングルだ。画面を開く。メッセージが表れた。
“いま駅についたよ”
桜はすぐにすぐに返信を送り、「いってきます」と廊下からリビングの絵笑子に告げると、玄関で靴を履きドアを開いた。
外の冷気が桜の胸をキリリと締め付けた。
* * *
ターミナルの待合のベンチに腰を下ろしていた幸生の掌のスマホが震動し、トーク画面に『既読』が点きレスが追加された。
“すぐ行くね”
反射的に顔を上げ周囲を見回す。バス停や路面電車の停車場が視界に入る。桜の姿はまだ見えない。
幸生は傍に置いたDバッグの底をそっと触れた。柔らかい塊の感触を確認する。
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