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「お父さんは、いまちょっと出かけちゃってるんだ」
桜が幸生にそう告げると、幸生は改めて絵笑子に顔を向け「はじめまして」と挨拶した。
「桜ちゃんから聞いてるわ。さ、ともかく上がってちょうだいね」
絵笑子にそう促されると、幸生は靴を脱ぎながら「これ、母が持ってけって」と用意してきた手土産を桜に渡した。
「あら、そんな気遣いなんてしなくても。ありがとうね。幸生くん」
桜からリレーされ紙包みを絵笑子が受け取る。
本当は幸生が用意したのだが、そう告げたほうが面倒くさくないという幸生なりの判断だった。
幸生が持ってきたのは、あのふたりで行った名画座の近くの洋菓子屋の包装だった。桜は紙バッグの表の見憶えのあるそのロゴマークに気付いて「あれ……」と幸生に耳打ちした。
幸生が目配せと同時に頷く。
「生菓子だと日持ちしなさそうだったし、焼き菓子にした。ホントはモンブランにしたかったんだけど――」
「ううん、そんなことないよ。ありがと」
幸生があの洋菓子屋を憶えててくれたことに桜は嬉しかった。
* * *
幸生がダイニングに招かれると、絵笑子が手造りのレモンパイに幸生の持参したマドレーヌを添え温かなミルクティを出してくれた。
「じゃ、私は奥の部屋にいるからね」と言い、気を利かせたのか絵笑子は奥へと引っ込んでいった。
卓の上に並べられたパイを眺め、幸生が「これ、絵笑子さんの手造り?」と桜に質問した。
「うん。私も一緒に手伝ったけど。お菓子作りがすごく上手いんだよ、絵笑子さん」
桜の言外に、継母とうまく行っている様子が伺えて幸生は安心した。
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