#1 恋恋風塵

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 部屋を出ると5階の廊下から小さな大仏像が肩を出しているのがみえた。 「あれが‘だいぶっつぁん’だよ」ドアを閉めながら桜が幸生に声をかける。  連なる瓦屋根の上に現れる、円環を背にした姿。これまで桜から聞いていた印象と比べ、思いのほか小ぶりだな、と幸生は思った。  桜が先に立ち、ふたりは歩いて大仏の寺まで行くことにした。  瓦の波に見え隠れするに従い次第に大仏像が迫る。時折その姿を確認するように桜は首を伸ばし、これから行く見処を幸生に語った。 「あの大仏の下に回廊があってね、この街の歴史とかがわかるようになってるの。それといっしょに、地獄の絵の壁画が描かれてて……ちいさい頃は、それが怖かったんだよねえ……」  寺の境内に入り、漆黒の光を放つ‘だいぶっつぁん’の麓に来ると、桜が「あれ?」と頓狂な声を発した。  いつもは開いている台座の扉が、この日に限って閉まっていたのだ。 「おかしいなぁ……いつも開いてるんだけど」  横にある覗き窓から屋内を伺う。金網の合間から黴臭い湿気が漂うが、真っ暗で中を覗うことはできなかった。  どこか他に入口はないかと台座をぐるりと廻ってみる。首を傾げながら先を行く桜に幸生が声をかけた。 「入れないみたいだな」 「うん……」残念そうに桜が答えた。 「いいよ。開いてないなら、仕方ないさ」 「そお……だね。ごめん」  だが、施錠された鉄扉の前では仕方なかった。  桜は少し恨めしそうにがっちりと嵌められた南京錠を眺めた。 ――幸生くんにも、この中の壁画を見せたかったのにな。  気を取り直して桜が告げた。 「じゃ、お城のほうへ行ってみよっか」
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