7人が本棚に入れています
本棚に追加
部屋を出ると5階の廊下から小さな大仏像が肩を出しているのがみえた。
「あれが‘だいぶっつぁん’だよ」ドアを閉めながら桜が幸生に声をかける。
連なる瓦屋根の上に現れる、円環を背にした姿。これまで桜から聞いていた印象と比べ、思いのほか小ぶりだな、と幸生は思った。
桜が先に立ち、ふたりは歩いて大仏の寺まで行くことにした。
瓦の波に見え隠れするに従い次第に大仏像が迫る。時折その姿を確認するように桜は首を伸ばし、これから行く見処を幸生に語った。
「あの大仏の下に回廊があってね、この街の歴史とかがわかるようになってるの。それといっしょに、地獄の絵の壁画が描かれてて……ちいさい頃は、それが怖かったんだよねえ……」
寺の境内に入り、漆黒の光を放つ‘だいぶっつぁん’の麓に来ると、桜が「あれ?」と頓狂な声を発した。
いつもは開いている台座の扉が、この日に限って閉まっていたのだ。
「おかしいなぁ……いつも開いてるんだけど」
横にある覗き窓から屋内を伺う。金網の合間から黴臭い湿気が漂うが、真っ暗で中を覗うことはできなかった。
どこか他に入口はないかと台座をぐるりと廻ってみる。首を傾げながら先を行く桜に幸生が声をかけた。
「入れないみたいだな」
「うん……」残念そうに桜が答えた。
「いいよ。開いてないなら、仕方ないさ」
「そお……だね。ごめん」
だが、施錠された鉄扉の前では仕方なかった。
桜は少し恨めしそうにがっちりと嵌められた南京錠を眺めた。
――幸生くんにも、この中の壁画を見せたかったのにな。
気を取り直して桜が告げた。
「じゃ、お城のほうへ行ってみよっか」
最初のコメントを投稿しよう!