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 通しただけの簪は桔梗を形どったものであった。真鍮(しんちゅう)の本体の先に紫色の花を遠慮がちに咲かせ同じ色のビーズを周りに散らばせている。それは女に上品な色香を与えるように揺れた。 「ありがとう。でもどうして突然?」  簪を通した忍田の手に己の手も添えて女は問うた。問いながらも答えはわかっているのだと、その上がる口角が示していた。 「……貴女は本当に酷い方だ」 「なぜ」 「その理由を問われて僕が困ることを、どこか楽しんでいる」 「そうかしら」  女はころころと鈴を転がしたように笑い、添えた手を滑らせて簪を自らの手で持った。桔梗の簪が女の手で揺れる。それを女はどこか愛おしげに見つめ、そして目の前の忍田を見上げた。 「有難く頂くわ。あの人もきっと似合うと言ってくれる」  その言葉を聞いて忍田の体が小さく震える。そして堪りかねたように、目の前の女の体をかき抱いたのだった。 「本当に……本当に酷い人だ。なぜそんなことをさらりと言える。僕がどんな想いでこの簪を渡しているのかなんて、貴女はわかりきっているほどだろうに」 「ええ、ええ。わかっているわ」  女はまるで大きな子どもに抱きつかれたかのように忍田の背中に手を回し撫でた。上下に摩られるその背中を慈しむように動く手は小さく細く、それでいて力強い。     
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