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やがて車は空路から外れ、空中インフラのまだ整っていないコンクリートで舗装された道路まで下降しました。地上から三メートル以内であれば、このタクシーのようなホバー・カーでも道路上を走れるのです。この時、僕は頬杖をつきながら、車の窓から外の景色を眺めていました。
車は何棟もたつタワー・マンションを横切り、街路樹の並ぶ比較的閑静な町に入っていきます。程なくして車は大きな一軒家の前に止まりました。
タッチパネルにあるスピーカーから「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」と、抑揚のない声が再生されていて、そのモニター画面には、今通った道を記憶したタクシー定期券の購入画面が表示されていますが、僕はそれには目もくれずに車から降りました。そして一軒家を見上げて、玄関までは少し早足で歩き始めます。
玄関のドアには昔ながらの押しボタン型インターホンが取り付けられていて、久しぶりにこの家に来るもんだから、それを押すときの手は緊張で微かに震えていました。
「どなたですか?」
しわがれた声がインターホンから聞こえてきます。
「カズです」と僕が言うと、家の中から「あら、カズくん?こんなところまで態々どうしたの?」という声が聞こえてきて、扉が開きました。
扉の向こうからは、僕のお母さんのお母さん──つまり僕のお婆ちゃんが、皮のたるんだブルドックみたいな頬を揺らしながら出てきました。
「用事があって来たんです、カフ婆ちゃん」
「あら、そうなの。中へお入り」
そういってカフ婆ちゃんは大仰な素振りをして、僕を招き入れました。
「寒かったでしょ、すぐコーヒー淹れてあげる」
カフ婆ちゃんはドタドタと大きな足音をたてて、キッチンへ行き、熱機能付きコーヒーポットのスイッチを入れました。
「お砂糖はどのくらいいれる?」
「いえ」と断る僕。
「あら、ブラックで飲めるようになったのカズくん!」とカフ婆。
子供扱いされるのに嫌気がした僕をよそに、カフ婆ちゃんは可愛い熊のイラストの入ったお子様用マグカップにコーヒーを注ぎだしたもんだから、僕は(コーヒーに一切手をつけてやるもんか!)と心に誓いました。
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