§2

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 主人公が、自分の恐ろしいほどのポンコツ車でカセットテープを聴いているシーンで、万葉はふと手を止めた。 「カセットテープを再生できるカーオーディオって、地球上に現存すんのかよ」 「え。うちの田舎じゃ、テープしか聞けないような車もバリバリ現役で走ってたぜ」 「まじか」 「じーちゃんの車、空になったティッシュの箱にカセットがびっしり並んでてさ。俺、子供の頃よくそれを五十音順に並び替えて遊んでた」 「ティッシュの……空箱……」 「ちょ、ツボるのそこかよ。おい、笑うのやめろって。映画に集中できねーだろ」  そんな会話が、頭の中で再生される。  万葉は画面をクリックして映像を一時停止させた。  そうだ。このPCで、この部屋で観たんだった。誰かと一緒に。  途中、せっかくのいいムードのところでわざわざくだらない感想を言って、互いに突っ込みを入れて笑い合った。それなのにラストシーンでは不覚にも涙が出そうになって、相手にバレないように慌ててそっぽを向いた。  あれは、誰だったんだろう。  映画のストーリーの細かいところよりも、それを観ながら交わしたどうでもいい会話が楽しかったことを覚えている。それなのに、その相手が誰だったかを思い出せない。消しゴムでもかけたみたいに、そこだけが空白だ。     
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