§2

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「クリスマス……オムニバス作品……」  タイトルもコンセプトも、今途中まで観た映画に酷似している。舞台だけが、ニューヨークではなくロンドンだ。  日付を見ると去年の冬の公開だったようだ。先ほどのニューヨークのは二年前のクレジットだった気がするが。  半券は切り取られていなかった。ということは、結局これは観に行かなかったのだろう。内容もまったく記憶にない。  わざわざ前売りを買ったのに映画館に足を運ばないなんて、以前の万葉だったら考えられない。時期的に、事故が原因で行かれなかったということでもないはずだ。 「変なの」  なんだか思い出せないことだらけだ。今年の五月までこの部屋で暮らしていた木村万葉という男が、今ここにいる万葉とはまったくの別人のように思えてきてしまう。 「いや、そんなことはないよな」  今日の映画のストーリーだってちゃんと思い出せたのだ。記憶は、消えたのではなく埋もれているだけなのだろう。カウンセラーの言う通り、焦らずに時間をかければ、いずれ色々なことを思い出せるはずだ。  捨ててしまおうかと思ったが思い直して、万葉はその前売り券を再びノートの間に挟んでおいた。
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