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右によけようとすると、ちょうど同じタイミングで向こうは自分の左足を出す。慌てて逆向きに身体を倒すと、これまた、相手は同じ方に重心を傾けてくる。
互いに通せんぼし合っているかのように、何度やってもすれ違えない。
レンガを模した敷石の上でぎこちない右往左往を繰り返した挙句、万葉はようやく傘を持ち上げて、相手の顔を正面から見た。
「あれ」
見覚えのある男だった。背はすらりと高く、肩幅が広くて手足が長い。真っ直ぐな眉と切れ長の目が少し硬い印象だが、きりっと端整な顔だ。
目が合って、相手も気付いたのがわかったが、向こうはにこりともしない。「硬派」を絵に描いたらこんなだろうか。
どこで会ったのだっけ。
「そうだ、思い出した」
あれは確か入学してすぐの頃、購買部の通路だった。右、左、右、と何度身体を横に振っても、いちいち被ってしまってすれ違えなかった相手がいた。あのとき、思わず見合わせてしまったのと同じ顔だ。
「二度目ですね」
照れ隠しに笑ってしまった万葉とは対照的に、立ち止まったままの彼はぶっきらぼうな表情のまま口を開いた。
「違う。三度目だ」
初めて聞く声は、意外なほど穏やかな響きだった。
「三度目?」
思わず問い返す。
彼は傘の中から、何か不思議なものを見るような目を、じっとこちらに向けている。
「あの……」
そのときだった。
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