§3

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「雨の日割引やってまーす」  傍らから明るい女性の声が飛んできた。 「は?」 「ん?」  二人同時にぐるりと首を回すと、ビニール傘を差してグリーンのエプロンをした女性にチラシを渡された。「雨の日はドリンクお代わり半額!」と書いてある。  顔を上げると、石畳の先に構内のカフェの入口が見える。メニューを書いた黒板が細かい雨に濡れていた。  チラシを手に、二人で顔を見合わせる。万葉が、どうする? と首をくい、と傾けると、相手はおもむろに頷いた。  無言の会話が成り立ったのが嬉しくて、にこりと笑いかける。相手は何かの合図みたいに、親指と人差し指で挟むようにして自分の耳を引っ張った。短い髪から突き出た大きく丸っこい耳は、厳しく整った顔にちょっとした愛嬌を添えている。  まるで最初からそう示し合わせていたかのように、二人は並んでカフェに入った。 「高遠直輝。理工学部生命科学科、一年」  注文カウンターに並びながら自己紹介をされて、ちょっと驚いた。落ち着いた印象から、年上かと思っていた。 「俺も一年。文学部英文学科、木村万葉」  幾分肩の力を抜いてタメ口になる。  しかし、歯切れのいい直輝の注文を聞いて、万葉は再び目を丸くしてしまった。     
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