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問い返すと、直輝は珍しく、自分からふいと視線を逸らした。
過去の自分は、何か直輝を気まずくさせるような約束をしていたのだろうか。
「悪い。俺、なんか空気読めない誘い方しちゃった?」
敢えてうんと明るい声で言って頭を掻いてみせると、直輝はきっぱりと首を振った。
「そうじゃない。万葉は悪くない」
「ホントか? 俺、お前のことを忘れちゃったせいで、何か無神経なこと言ったりしてねえ?」
「いや」
コーヒーを飲み干した直輝は、遠くを見るような目をして言葉を探している。万葉はそれをじっと待つ。
直輝はテーブルの上に静かにマグを置いた。
「万葉が俺のことを忘れてしまったのは、俺のせいかもしれない」
「……え?」
「だから、無理に思い出そうとしてくれなくていい」
自分の言葉に句点を打つように、直輝が椅子からすっくと立ち上がる。
「ちょ、待てよ」
そのままコーヒーマグを下げようとする直輝を、万葉は慌てて追った。
「どこ行くんだ」
「これから病院」
「病院って、隣の?」
直輝は黙って頷いた。
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