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黒が似合う体型が羨ましい。髪も目も生まれつき茶色っぽく、成人男性にしては体格の華奢な万葉は、黒が致命的に似合わない。
顔立ちも、線の細い造りの万葉とは対照的だった。黒い短髪と広い額。きりっとまっすぐに引かれた眉。その下で、切れ長の両目が二、三度瞬いたと思うと、懐かしそうに細められた。
「怪我、すっかり治ったのか」
「あ……ああ」
万葉は一瞬パニックになりかけた。
彼は自分のことをどれだけ知っているのだろう。そして自分は彼のことを、どの程度知っているはずなのだろうか。
記憶がない、というのがこれほど心許ないものだとは思わなかった。手すりのない橋の真ん中にいきなり置き去りにされたかのように、身がすくむ。
同時に頭の一部は、今病院で受けてきたばかりのカウンセリングでの説明を冷静に辿っている。
万葉が交通事故で意識不明の重体に陥ったのは今年の五月のことだった。赤信号なのに横断歩道を無理やり渡ろうとして、大型トラックにはねられたらしい。搬送された大学病院で直ちに長期の人工的昏睡状態に置かれ、自己細胞増殖による最先端の再生治療を受けた。損傷を受けた複数の臓器は、万葉が深く眠っていた数カ月間のうちに元通りになっていた。
ただし、身体機能の回復と引き換えに、万葉は記憶の一部を失った。
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