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「購買部の通路と、あのカフェの前と。俺が思い出せるのはそれだけなんだけど、あと一回っていつだ?」
ジーンズのバックポケットに手を突っ込んだまま、直輝がとん、と地面に爪先をついた。
「この前と同じだ」
「え?」
「病院の前だった。まだ入学前」
「入学前? え、俺たち、そんな前に会ってたんだ?」
直輝が、こくりと頷く。
「東光大学病院前のバス停のところで、よける方向がかち合ってすれ違えないでいたら、大学はどこかと道を訊かれた」
「ああ……そっか」
そういえば、と思い出す。受験の下見で訪れたとき、一人だったので駅からの道を間違えて病院の方へ行ってしまったのだ。ちょうど鉢合わせをした相手が学生っぽかったので、道を訊いた覚えがある。
あれが直輝だったのか。
「お前、俺のことなんかよく覚えてたなあ」
目を丸くすると、直輝が自分の耳を右手の指できゅっと挟んだ。
「三度もすれ違えなかったら、さすがに覚える」
罪悪感にちくりと胸が痛む。
「そうか。俺はどうも最近、記憶力に自信がなくてさ」
言った途端、声に含まれる棘に自分でひやりとした。直輝のことを忘れてしまっている自分に苛立っていたのに、まるで当てつけるみたいな言い方になってしまった。
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