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肩が触れそうなくらいに近い。
よろけた万葉の身体を支えてくれた腕の強さを思う。セーター越しに触れてくる指先の感触がまだ残っていて、鼓動を走らせる。万葉は急いで、視線を正面に戻した。
歩行者信号の脇についている小さなランプが上から一つずつ消えていく。あれが全部消えると青に変わるのだ。
「どうしてこういうどうでもいいことは覚えてるのに、大事なことを忘れるんだろう」
つい独り言を吐くと、直輝がきっぱりと言いきった。
「大丈夫だ。大事なことは、必ず思い出す」
上辺だけの気休めには聞こえなかった。地中深く根を張る植物を思わせる、揺るぎない口調だ。
なんだか、泣きそうになる。
信号が青に変わると、直輝もなぜか一緒に横断歩道を渡ってくる。
「直輝。お前、病院行くんだろ」
「ここだけ一緒に渡る」
「なんで」
「交差点で見送るのは縁起が悪い」
「なんだそれ、初めて聞いた」
要領を得ない会話を交わしながら、道の向こう側へと渡る。
「じゃあ、またな」
「おう」
駅の方へと歩き出してしばらくしてから、ふと何かを言い忘れたような気がして後ろを振り向いた。
交差点にはもう、直輝の姿はない。
彼は、万葉が事故に遭った経緯を知っているのだろうか。
なぜか指先が急に冷たく感じられて、万葉は両手の指を顔の前で祈るように組んだ。
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