445人が本棚に入れています
本棚に追加
――人工的昏睡の後遺症として、記憶障害が生じることがあります。家族や友人など、日常的に接していた人のことが思い出せないという症例がいくつか報告されています。
そんな説明を何度か主治医から聞かされた。
――日常生活で無用なストレスをためこまないためにも、退院後も引き続きカウンセリングに通ってください。
今日受けてきたばかりのそのカウンセリングの内容を、こんなにすぐに実践することになるとは思わなかった。
まず、深呼吸をして落ち着くこと。そして変にごまかしたりせず、自分が相手を覚えていないと率直に伝えること。
「え……と」
説明しようと、口を開いたときだった。
「万葉、ごめん」
「へ?」
目の前の相手にいきなり頭を下げられてしまった。
「あ、あの」
思いきり面食らっている万葉をよそに、彼は顔を伏せたまま沈鬱な声で続ける。
「ずっと連絡がないし、もう二度と俺とは顔を合わせたくない、って思ってるだろうけど、一言謝らせてくれ」
「いや、それは」
「言い訳でしかないのはわかってる。でも」
「ちょっと待って」
謝罪の言葉を途中で遮るのは申し訳なかったが、そのままぽかんと聞いているわけにもいかないと思った。彼の言葉の響きが誠実だったから、なおさら。
「ごめん。俺、直輝のこと、名前以外は何も思い出せないんだ」
直輝が、ぱっと弾かれたように顔を上げる。
最初のコメントを投稿しよう!