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ノートに挟まっていた前売り券は、結局そのまま、なんとなく栞代わりに使っている。岸谷の話では、万葉は確かに会社経由で前売りを二枚確保したと言う。
「二枚?」
首をひねっていると、岸谷がわざとらしく溜息をついた。
「あー悪かったな。古傷抉ったか?」
「はあ?」
「いや、ひょっとしてデートで使って玉砕したか、と踏んだんだけどな」
「違いますよ」
多分、という言葉を呑み込む。
反射的に直輝の顔が浮かんだ。それから慌てて、意識を白紙に戻そうとする。
自分の消えた記憶の中心には、直輝がいる。わかっていたから、そこへ不用意に手を伸ばしたくなかった。
(万葉が俺のことを忘れてしまったのは、俺のせいかもしれない。だから、無理に思い出そうとしてくれなくていい)
直輝のあの言葉は、どういう意味だったのだろう。
万葉の不安そうな表情をどのように解釈したのかはわからないが、岸谷は肩をすくめて、それきり口をつぐんでしまった。
その後は黙々と作業に励んだ。勤務時間を一時間だけ延長して、どうにか作品情報をサイトで公開できる状態に整える。
「なあ木村」
「はい」
仕事を終えてタイムカードを押そうとしたところを、岸谷に呼び止められた。
「お前さ、就職とか、どうした」
「あー。結局四年生ダブりが決まったんで。就活もやり直しですね」
「それなら、卒業したらウチに来るか」
「え」
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