§8

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 絵文字も何もない短い言葉だが、すぐに反応が返ってくるのがくすぐったい。まるで万葉からの連絡を待っていてくれたみたいだ。 「就職祝い、何がいい」 「いいよそんなの」  それから先日のやりとりを思い出して、思いきって一文を付け加える。 「じゃあ、一緒に映画観たい」  すかさず「いつでも声かけてくれ」と返信が来る。吊革に掴まりながら、頬が緩む。 「そういえば、直輝は就職先決まってんの」  そういう話はしたことがなかったな、と思いつつメッセージを打つ。 「まだ考えてない」 「えっ。だってもう、来年三月卒業だろ?」  テンポよく続いていたやり取りが、そこでふつっと途切れた。 (あれ)  返信の来ない液晶画面をじっと見ているうちに、何か得体の知れない不安に襲われる。  以前も、こんなことがあった気がする。  直輝の気配が急に遠ざかっていく。置き去りにされる感覚に、全身が硬く冷えていく。  息が苦しい。自分の心音がにわかに大きく聴こえだす。  退院直後に電車で席を譲ったときのように軽い眩暈がして、思わずその場にしゃがみ込みそうになったとき、ようやく手の中のスマートフォンが震えた。  メッセージの内容よりも、まず差出人を確認してしまう。直輝の名前を見て、心から安堵する。  それから、文面を見て目を丸くした。 「俺、留年したからまだ三年なんだ」     
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