§8

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「そうだったのか。知らなかった」  咄嗟にメッセージを返しながら、強い違和感を覚えた。  直輝とはまったく学部が違うし、成績がどのくらいよかったかなんて知らない。だが、ごく真面目な学生だというのは普段の彼を見ていればわかる。授業をサボったりはしないし、万葉にはよくわからない免疫反応だかなんだかについての研究の話もしてくれる。  そんな彼が、どうして留年したのだろう。  そこまで考えて、万葉は自分の思考に急ブレーキをかけた。記憶の底に何か途轍(とてつ)もなく嫌なものが横たわっている気配がする。  これ以上、思い出したくない。  顔を上げると、通勤電車の窓の暗闇に反射して、怯えたような顔の万葉がこちらをじっと見ている。まるで、記憶を失う前の自分がガラスの箱の中に閉じ込められているのを見ているような気にさせられて、万葉はぶるっと身を震わせた。
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