§10

2/6
438人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
 万葉の冷え性に効くかも、と血行のよくなるツボを教えてくれたりもした。なぜそんなことを知ってるんだ、と訊くと、ただの健康オタク、と笑っていた。  世の中から一歩引いたような達観したところがあるくせに、人には優しかった。自分が不自由な身体を抱えている分、人の弱さにも気付きやすかったのかもしれない。 「投薬は所詮対症療法でしかない。それなのに油断してた。風邪を引いて、一気に症状が悪化した」  自分で救急車を呼ぶのが精一杯だったらしい。大学病院に搬送される途中で意識を失ったと聞かされて、万葉は自分の心臓が止まる思いだった。 「そのまま数カ月、人工的な昏睡状態に置かれて、以前から検討してた再生治療を受けた」 「……もしかして、留年したっていうのも」 「ああ。半年間休学したから」  そのおかげで直輝は一命をとりとめ、自己細胞増殖で健康な心臓を再生できたという。 「でも、後遺症で部分的に記憶を失くした」  そこはもう直輝の住むアパートの前だった。部屋は一階らしく、直輝は万葉を伴って廊下を進む。そういえば、構内の移動もあまり階段を使わず、エレベーターが多かった。 「最後に連絡をくれてた奴のことを何も思い出せないことに気付いたのは、意識が戻ってリハビリを開始してからだった」     
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!