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相手が自分に対して何を謝ったのかがわからない。それに対して、万葉も謝罪以外の言葉を返せない。それがもどかしい。
だが、直輝はその万葉のもどかしさを引き取るように頷いた。
「わかってる」
「え」
「人工的昏睡の後遺症だろ」
「……どうして、知ってるんだ」
この最先端の治療はまだそれほど一般的にはなっていない。まして、後遺症のことまで広く知られているはずがない。
直輝は小さく肩をすくめただけで答えない。
「じゃあ、俺は用事があるから」
そのまま病院の方へ歩いて行こうとする直輝を、万葉は慌てて呼び止めた。
「待ってくれ」
直輝が振り向く。
「自力で思い出すまで、ヒントをくれないか」
「ヒント?」
「直輝って、何者?」
咄嗟に口走ってから、ひどい日本語だと自覚する。だが、他にどのような訊き方ができただろう。
直輝の切れ長の一重の目がわずかに見開かれたと思うと、再びふっと細められた。
口元がほころんだわけでも、笑い声が聞こえたわけでもない。相変わらずぶっきらぼうな表情のままだ。それなのに万葉にはわかる。
彼は今、少しだけ笑ったのだ。
「高遠直輝。東光大学理工学部生命科学科」
高遠直輝。そのフルネームをしっかりと心に刻んで、万葉は頷く。
「同じ大学か」
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