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§11
触れ合わせるだけのキスから静かに顔が離れたと思うと、直輝は確かめるように万葉の身体を腕の中に抱き寄せた。
「大学のカフェでコーヒーを飲むたびに変な感じがした。フレンチトーストを一人で食べてて、ああ、前は一緒に食べる奴がいたんだ、って思い出した」
最初にカフェで話をしたあの日以来、直輝は万葉と一緒に店に入ると必ず甘いものを注文して、それを半分万葉に分けてくれた。一人では食べきれないから、と見え透いた言い訳まで用意してくれて。
「俺、基本的に黒っぽい服ばっかり着てるだろ。違う色を試す気持ちの余裕がなかっただけなのに、それを褒められたのが嬉しかったことも思い出した」
今日直輝が着ている黒に近いグレーのシャツには見覚えがあった。確か一緒に買い物に行ったときに、「直輝に似合いそうだ」と万葉が勧めたのだ。黒が似合うのが羨ましいと言うと、大きな耳をきゅっと引っ張って苦笑いをしていた。あ、耳を触るのは照れたときの癖なのか、と、そのときに気付いた。
直輝の言葉に合わせて、万葉の中にも小さな思い出の断片が降り積もっていく。万葉の知っていた直輝と、直輝を知っていた万葉が、同時に少しずつ甦る。
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