§11

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 今の万葉にはわかる。  表面的には忘れてしまっていても、直輝は万葉のことを、心の深いところではずっと覚えていてくれたのだと。 「電車で無意識のうちに弱冷房車を選んで乗ってたり、学食ではなるべくエアコンの風の当たらない席を探したりしてた」  壊れ物でも扱うように、直輝が万葉の手をそっと握る。 「手が小さいから合うサイズの手袋がなかなかないんだ、って言ってたことも思い出した」 「直輝」 「寒そうに手をこすり合わせるのを見るたびに、あっためてやりたいな、って思ってたことも」  握った万葉の手をゆっくりと持ち上げて、直輝はその指に唇を押し当てた。  それだけで、手だけでなく全身がかっと熱くなる。 「そうやって少しずつ万葉のことを思い出すうちに、万葉のことを忘れた自分を許せなくなった。取り返しのつかないことをしたと思った」  懺悔(ざんげ)をするように、直輝が万葉の肩の上に顔を伏せた。万葉は、ほどいた指先を短くて硬い髪の間に埋める。 「どうして、言ってくれなかったんだ」 「何を」 「心臓が悪かったこと」 「万葉には知られたくなかった」 「なんで」 「それでも傍にいてほしい、って言える自信がなかったから」 「そんなことで、友達をやめたりしない」     
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