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今の万葉にはわかる。
表面的には忘れてしまっていても、直輝は万葉のことを、心の深いところではずっと覚えていてくれたのだと。
「電車で無意識のうちに弱冷房車を選んで乗ってたり、学食ではなるべくエアコンの風の当たらない席を探したりしてた」
壊れ物でも扱うように、直輝が万葉の手をそっと握る。
「手が小さいから合うサイズの手袋がなかなかないんだ、って言ってたことも思い出した」
「直輝」
「寒そうに手をこすり合わせるのを見るたびに、あっためてやりたいな、って思ってたことも」
握った万葉の手をゆっくりと持ち上げて、直輝はその指に唇を押し当てた。
それだけで、手だけでなく全身がかっと熱くなる。
「そうやって少しずつ万葉のことを思い出すうちに、万葉のことを忘れた自分を許せなくなった。取り返しのつかないことをしたと思った」
懺悔をするように、直輝が万葉の肩の上に顔を伏せた。万葉は、ほどいた指先を短くて硬い髪の間に埋める。
「どうして、言ってくれなかったんだ」
「何を」
「心臓が悪かったこと」
「万葉には知られたくなかった」
「なんで」
「それでも傍にいてほしい、って言える自信がなかったから」
「そんなことで、友達をやめたりしない」
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