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直輝の片手が伸ばされてきて、万葉の髪を柔らかく梳き上げた。繰り返しそうやって髪を撫でられているうちに、全力疾走直後のようだった呼吸が少しずつ鎮まっていく。
「あのさ、直輝」
「ん」
「一緒に観たい映画があるんだ」
「知ってる」
「え。なんで」
直輝がいつものように、目だけで笑う。
「パリのクリスマスのやつだろ。万葉のバイト先の会社のウェブサイトで見た」
「うん……それ」
「クリスマスイブにでも、行こうか」
時間がぐるりと円を描いて、スタート地点に戻ってくる。三度目の冬へと、二人を巻き戻す。
「俺、まだ映画館に行ったことないんだ」
「え、そこは相変らずかよ」
「最初は万葉と行くって約束したから」
「……律儀な奴」
手を伸ばして、直輝の耳をそっと引っ張る。直輝がくすぐったそうな顔をする。
耳を引っ張った万葉の片手の上に、直輝の手が重ねられた。指の長い、掌の薄い手が、小さな万葉の手をすっぽりと覆う。
「なあ。この前見かけたあの手袋、万葉へのクリスマスプレゼントに買ってもいいか?」
「お前な、そういうのはサプライズにするもんだろ、普通」
「え? あ、じゃあ今の一旦忘れてくれ」
「やだよ」
万葉は直輝の手を強く握り返した。
「もう二度と、お前のことは忘れてやらない」
拗ねたようにそう言うと、直輝の肩に額を押し当てた。
「万葉」
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