439人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
§8
バイト先に顔を出すのはほぼ半年ぶりだった。
「おー、木村。五体満足で戻ったか」
オフィスのドアを開けるなり、社員の岸谷が早速声をかけてくれる。
「どうも、ご迷惑をおかけしました」
「まったくだ。いきなり音信不通になりやがって」
この映画配給会社はまだ歴史の浅いベンチャーということもあって、全体的に社員が若く、ノリは学生の集まりに近い。岸谷もまだ二十代後半で、バイトの万葉に対して部活の先輩のような態度で接してくる。
「で、本当にもう身体は大丈夫なんだな」
長期入院した経緯を改めて説明すると、岸谷は真面目な顔になった。事故に遭った万葉と連絡が取れなくなってしまったときは、随分と心配をかけたようだ。
「前より健康になっただろうって医者に冗談言われるくらいです」
「後遺症とかないのか」
「他人の臓器を移植するのと違って、拒否反応とかは出ないんで」
万葉はさり気なくオフィス内を見回した。特に見覚えのない顔はなく、ほっとする。自分の記憶から消えてしまった人は、ここにはいないようだ。
「そうか。それにしても、よくそんな最先端の治療を受けられたな」
最初のコメントを投稿しよう!