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「いらっしゃいませ。プレゼントをお探しですか?」
そうに違いないと決めつけて笑顔を向けてくる店員に、「そうじゃなかったらどうするんだ」と心の中で悪態をつき、実際にはその通りなのでこくりと頷く。
「あの、三十路前の女性にあげたいのですが‥」
神原の彼女若しくは、彼女になる予定の人は、三十路前らしい。姉さん女房にいい具合にコントロールされる神原が、容易に想像できた。
「どのようなプレゼントですか?」
なかなかいい質問をするな、と思った。答えによっては、推測出来るからだ。すでに付き合っているのか、そうではないのか、という事が。
「あの、その……うっ……」
神原がその場に崩れて泣き始める。これには、店員さんもだが、俺もかなり驚いた。
「ああ、すいません!出直します」
「この答えでは、何も予測できないな」出鼻をくじかれた俺は、とりあえず、神原を肩に担ぎ店を出る。
「プレゼントってさ、主にお祝いの時にするよね」
神原を落ち着かせるため、近くのカフェに入った。なんとかマキアートの甘い香りを肺に満たし、なんとか落ち着いたようだ。切り替えの早さは、神原の特技だった 。
「そうだな。誕生日とか、〇〇祝いとか。あとは、感謝の意を表して贈る事もあるな」
「……この世は物をあげることでしか気持ちを表現できない人たちで満ち溢れている」神原が遠い目をして嘆く。
「まあ確かに、何かと人に贈り物をする機会って多いよな。でも、根底にあるのは、相手を喜ばせたいっていう意思じゃない?」
「喜ばせたい、か……うん。『祝う』よりずいぶん気が楽になった」
神原が何に悩み、何に足止めを食らっていたかは分からないが、どうやら動き出せたようだ。
「あの人、花が好きだったから、花束にするよ」
神原は、花屋の店員を質問責めにし、ついに花束を購入した。かすみ草、という、小さな白い花がたくさんついた植物だ。意外なチョイスに少し驚きながらも「きれい。花束、正解だな」と神原をもちあげた。きっと、このかすみ草のように清楚な女性なんだろうな。
「では、渡しに行きますのでついてきて」
「俺は必要ないだろう」と断ろうとしたが好奇心が勝り、神原についていくことにした。
電車に揺られ続け1時間経過した頃には、「人の恋路をなんとやら」断ればよかったと後悔した。
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