247人が本棚に入れています
本棚に追加
「で……デートじゃないだろ」
車の出入りが落ち着いているせいで、だだっ広い配送センターにふたりの声がどこまでも響いていくように感じる。そんなことを誰かに聞かれたらどうするんだと心配する円をよそに、西森はあっけらかんとした態度を崩さない。
「いーや、今日は俺と円さんの初デート」
それだけは譲らないと、少年らしさを残した頬を膨らませて西森が言う。とはいえ、二十三になる西森に頼りなさはない。身長は百八十を超えているだろう。普段から重い荷物を軽々と運び出すドライバーの腕や胸にはしっかりとした筋肉が張り出し、Tシャツの形を変えていた。
円と西森は配送センター前のバス停からバスに乗り込み、二十分かけて最寄りの駅へ出る。住宅街のさらに奥にある配送センター周りとは違い、駅前はオフィスビルが立ち並びネオンがきらきらと眩しい。
駅に直結したビルの十八階までエレベーターで昇り、店に入る。週末の今日は、既にどこかの団体が宴もたけなわといった様子で、楽しげな喧騒を響かせていた。
「どうぞ」
下駄箱に靴を預ける仕組みになっているそこで、西森は円のために扉を開けて待っている。眩しそうに目を細めた笑顔に見つめられ、円の緊張はいや増す。トクトクと大きく打つ心臓を意識しながら部屋に入れば、窓に向けて作られた横並びの席の先には夜景が広がっていた。
以前この店を利用したとき、同僚がこの形態の席を見て「カップルシート」と呼んだことを思い出す。もちろんカップルに利用を限定されているわけではないが、円にも同僚の言いたいことは分かった。
最初のコメントを投稿しよう!