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ぐっと高くなった秋空の淡い色を見上げながら坂道を登る。事務職について以来運動不足の身体には、その傾斜角度はこたえた。じわりと汗が滲み始め、円は羽織っていたカーディガンを脱ぐと腕に掛けた。
「大丈夫か?」
週二回程度ジムに通って汗を流しているという城築は平然とした顔で円を覗く。
「だい、じょうぶ」
乱れた呼吸のせいで無理して答えたのは明らかで、城築が笑う。円と城築は連れ立ってカツヤの実家を目指して歩いている。本当は渡辺が城築と一緒に来るはずだったのだが、急な仕事が入り急遽代役を頼まれた。ふたりきりで出かけることに戸惑いはあったが、折角予定を取ってくれたカツヤの家族に申し訳ない気持ちから代役を引き受けたのだ。
こんなことを続けているから、忘れられないのだと分かっている。けれど友人ではいたいと願うから、完全に関係を断つことは出来ない。
坂道を登っていた時間は十分もなかっただろう。けれど、果てしなく感じるほど円の身体に応えた。最後はふざけた城築に背中を押されて、それもまた円の呼吸を苦しくさせる。平然と触れられるだけでも胸は痛むのに、嬉しいと感じてしまうのだった。
「お邪魔します」
カツヤの実家では両親と妹と二匹のマルチーズが迎えてくれた。一度も聞いたことはなかったが、かなり裕福な家庭のようだ。住宅地の一角に庭付きの戸建てがゆったりと佇んでいる。
「このたびはご結婚おめでとうございます」
城築が挨拶し、円も倣う。雑談から入った城築は、自らのカツヤとの思い出を語りつつ、両親や妹から話を引き出していく。アルバムを開いてもらい幼少期から順を追ってエピソードを聞き取る傍らで、円は借りた写真をスキャンしデータ化した。
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