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何とか引っ込みを付けようと、私は落ち着いた声で言う。
「もう良いわ。この資料は私が直しておくから、あなたは他の仕事をしてちょうだい」
落ち着いた声で言った積りが、私の声は震えていた。蚊の鳴くような声で話していた。
自分が嫌になる。
可愛がられる事も、格好付ける事も出来やしない。
イライラする。
こんなゆとり社員の所為で私が損をする。
「あなた、生きてて楽しいの?」
私は最低の一言を声にしてしまった。
水を打ったように静まり返る。
オフィスに私の発する声以外の音がしない。
自分が急速に孤立していくのが実感できる。
リセットボタンが有るのなら、押してしまいたい気分だ。
「楽しいですよ。今度、欲しかったものが買えるんで。給料二ヶ月分も貯めたんですよ」
冬樹統一郎はあっけらかんと答える。
その様子に社員たちは声を上げて笑う。
クスクスと馬鹿にしたような笑いではなく、緊張の解れた安堵の笑い。
これでこの話は終わりだ、という暗黙の了解がそこには有った。
自分の声に信頼がおけなくなった私は手のひらで冬樹統一郎をシッシッと追い払う。
彼は自分のデスクに戻る。
これでリセットだ。
私は冬樹統一郎に助けられたのか?いや、そもそも彼の所為で私が悪魔化されたのだ。
冬樹統一郎が仕事を問題無くこなせば私は肝を冷やす必要も無い。
しかし彼は動じない。
暖簾に腕押し。
糠に釘。
柳に風。
冬樹統一郎に罵声。
一つことわざを作ってしまった、と苦笑していると視線を感じた。
そっちを見ると、立松くんが私を見ている。
私が立松くんを見ると、彼はサッと目を逸らす。
リセットボタンを押したい気分だ。
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