第一章

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「颯太くん!」  後ろから呼ばれて振り向けば、同じ大学の加藤英子が元気に手を振っていた。 「おう」 「絶対いると思った! ていうか、月曜日から毎日来てるよね?」  英子が横に並んだので、颯太はヘッドホンを外し、首にかけた。「まぁね。でも今日は最前列狙ってないから、のんびり来たよ。月曜日は始発だったけど」 「始発ってすごいね! 最前列なら真白、絶対に気づいたんじゃない?」 「うん。目が合った気がする」 「あー、いいなぁ! 颯太くんは、絶対、真白に顏、覚えられてるよ」 「ははは」  颯太は、曖昧な苦笑いを返した。  雪野真白は、二人組の男性アイドルデュオ『トリコロール』通称トリコのメンバーで、最近は俳優としての活躍も目覚ましい注目の若手アイドルだ。もとは三人だったが、メンバーの一人が年齢詐称という不祥事を起こして脱退し、今はもう一人のメンバー、榊緋色と二人で活動している。  颯太が雪野真白のファンになったのは高校三年の冬のことだった。会社員の姉に、同行者である友人が急に来れなくなったからと言って、トリコのライブへ無理矢理連れて行かれたのがきっかけだ。駅から会場に向かう途中、開場を待っている間、とにかく周囲は女性しかいなくて、男である颯太はいたたまれない気持ちになった。物販売場の長蛇の列にも、グッズを買いあさる姉にも呆れ、アイドルのライブなんて、二度と来るものかとそのときは、思った。  そして、ライブが始まり、あんなに嫌な思いをしたはずなのに、颯太は目の前で歌い踊る彼らに釘付けになっていた。中でもメンバーの一人である雪野真白にすっかり魅せられていた。歌や踊りの完成度だけじゃなく、席の都合で見えにくい観客に対して配慮するファンサービスにも好感が持てたし、MCとして口を開けば、穏やかな口調の中に芯のある男らしい言葉が見え隠れして、メンバーへの気遣いも感じる。 ――コイツ、すごい。  自分よりも一才年下の雪野真白は、その日だけで、颯太のハートを掴んでしまった。  それからの颯太の生活は、雪野真白が中心になった。早速ファンクラブに入り、様々な情報を追いかけ、ライブが終わって一週間くらい過ぎた頃には、姉よりもトリコに詳しくなっていた。大学生になって、時間に余裕ができると、常にトリコのスケジュールをチェックし、バイトで稼いだお金も、すべて捧げた。  
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