第一章

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 大学三年生になった今でも続けられているのは、自分の努力だけではない。雪野真白というアイドルが自分を飽きさせてくれないから、応援を続ける、至極簡単な理由だった。  男性アイドルのファンは、だいたいが女性なので、颯太のような男性は目立つ。それに、颯太は、観覧できるイベントには必ず行っていて、出来る限り最前列に近い位置で見るようにしている。向こうにしてみれば「あいつ、また来てる」という印象を持つだろう。颯太は、最初から、それを狙っていた。  颯太だけではない。ファンのほとんどは、自分たちの存在をアイドルに伝えたいと思っている。そして、彼らにはアイドルの頂点を目指してほしい。そのために、常識の範囲内で応援する。それが、真のアイドルオタク、すなわちドルオタと呼ばれる存在なのだ。  英子と並んで歩いていると、ガラス張りのスタジオの前に、女性の人垣が出来ているのが見えた。 「すごい並んでる! 今日、最終日だから?」 「だろうな」  女性の平均身長よりも頭ひとつくらい背が高い颯太なら後方からでも確認できるが、英子には少し難しいだろう。 「行きなよ。俺、後ろで見てるからさ」 「うん、じゃあとでね」  英子が手を振って、人垣に吸い込まれるように埋もれていく。嫌悪感しかなかった女だらけの環境にも、いつしか慣れていた。同じトリコファンの中でも、颯太のことはあまり男として意識されていないことが多く、彼女たちも気軽に話しかけてくる。  英子はイベントでよく顏を合わせるところから話すようになり、後日、同じ大学だということがわかった。他にもそんな繋がりの女の友人が数人いる。むしろアイドルに興味がない同世代の男性とは何を話していいのか、わからない。中には、女性アイドルを追いかけている同級生の男性もいるが、どうも空気が合わない。それならば、たとえ女でも、同じトリコが好きな仲間と話しているほうが楽しいし、自分も積極的に話ができる。  颯太は、人垣が見渡せる後方の位置にスタンバイする。ラジオを聞きながら、スマホでトリコの公式サイトはもちろんのこと、同じ事務所のアイドルのSNSやブログをチェックするのも、日課だ。  
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