第一章

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 いよいよ、ラジオのCMが真白の番組のスポンサーに切り替わり始め、トリコの新曲のCMが流れる。颯太は手元のラジオのボリュームを上げた。生放送を聞くのは五度目なのに、もうすぐ雪野真白の声が聞けるとなると緊張が走る。  前方から黄色い歓声が聞こえ、人垣の向こうに真白がガラス張りのブースの中に登場した。 おしゃれ目的の黒ブチ眼鏡と白いTシャツに皮のチョーカーを首に巻いた真白がファンに手を振った。そのたびに悲鳴が上がる。颯太も背筋を伸ばし、その姿を目に焼き付けようと目をこらす。 ――気づいて。  真白は背を伸ばし、人垣の向こうを見るような姿勢になって、颯太に気づいたのか、こちらに手を振った。 「やっ………た!」  颯太は飛び上がって手を振った。颯太の隣にいた女性も、そのまた隣の女性も悲鳴を上げて手を振る。たったこれだけのことが嬉しくて、また会いたいと、欲しがってしまう。見に来ていたファンたちに応えた真白は、ブース中央の椅子に座り、慣れた手つきで目の前の機器を操作し始めた。番組が始まり、ファンたちは一斉に静まる。颯太のヘッドホンからも軽快なジングルが流れる。 「みなさん、こんにちは。いかがお過ごしですか? 雪野真白です」  ラジオを通して真白の声を聴き、目の前の真白の姿を見つめる。これがファンにとって至福の時間なのだ。 「あーん、悔しい!」  遅れて合流した沢口智美はさっきから、同じセリフを繰り返している。 「起きれなかった智美が悪いんじゃん」  そのたびに、隣を歩く英子が冷静に答える。 「だって、昨日バイト夜勤だったんだもん。真白に会いたかったなぁ!」  智美は英子の友達で、同じトリコのファンということで仲良くなった仲間の一人だ。颯太も含め、三人は、午後の授業のために学校に来ていた。 「おい、見ろよ。また朝倉が女従えてるぜ」 「いいよなー。アイドルに詳しいと女にチヤホヤされるんだもんな」  こうして英子たちと並んで校内を歩いていると、男一人に女性数人の組み合わせが珍しいせいか、陰口を叩かれるときがある。男のやっかみというやつだ。そもそも颯太は彼女たちに、チヤホヤされているわけではない。
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